京都工芸繊維大学工芸科学部 生命物質科学域高分子機能工学部門 高分子物性工学研究室

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    電気泳動動的超音波散乱(ESS)法の論文:光の代わりに超音波でゼータ電位を捉える

    2024年3月24日付けで、Elsevier社のColloids and Surfaces A: Physicochemical and
    Engineering Aspects誌に、電気泳動動的超音波散乱(ESS)法の論文が掲載されました。

    図1 レーザーで粒子の泳動を測定する電気泳動光散乱法に対して、電気泳動動的超音波散乱(ESS)法では超音波パルスを使って評価します。


     
    微粒子の表面が正もしくは負に帯電している場合、微粒子懸濁液に電場を印加すると表面の電荷状態に応じて粒子が反対極性の電極に移動します。これは電気泳動としてよく知られている現象であり、電気泳動移動度の測定からゼータ電位と呼ばれる粒子表面の電位(電荷状態)がわかります。この測定には、光散乱方式の電気泳動光散乱(ELS)法がよく用いられます。濃度が高い試料の測定はELSでは困難(ビームを少し潜らせる方法がありますが、サイズと濃度に制限が多く精度が不十分)ですが、超音波なら光学的着色や光の多重散乱は測定の障害にはなりません。例えば、電場による超音波振幅の変化を読み取る電気音響振幅(electric sonic amplitude, ESA)法や、超音波を印加した際に発生する電流変化を読み取るコロイド振動電流(colloid vibration current, CVI)法など、超音波を用いた先行研究も報告されています。一方で、これらの方法は、結果が粒子径に依存すること、すなわち事前に粒子径を正しく測定しておく必要があること、リファレンスが必要であることなどの課題も残されていました。また、超音波の周波数がメガヘルツ帯域であるため、得られる電気泳動移動度も高い周波数に限定された動的電気泳動移動度と呼ばれる情報に限定されていました。

    図2 セルの壁付近では電気浸透流と呼ばれる粒子の泳動とは逆向きの流れが生じます。ESS法では位相を使って異なる試料位置のデータをスキャン測定を繰り返すことなく一度の測定で取得できます。また、粒子の泳動の方向や、浸透流の影響で正負反転する運動の方向も識別できます。

    我々は、電場を印加した際の液体中の粒子の運動を「直接読み取る」電気泳動動的超音波散乱(ESS)法を開発し、濃度が非常に高い(50wt%程度)微粒子懸濁液中の粒子のゼータ電位解析を行いました。ナノ粒子の適用事例については次の論文で発表予定ですが、本論文では、ELS法で測定が困難なミクロン粒子(2.5μm)等の応用事例について述べています。ELSでは、試料をかなり希釈すれば光が透過するのですが、粒子の沈降の影響で安定なデータ取得が困難です。凝集体が含まれる場合に測定が困難になることと同様です。また、セル壁の付近で電気泳動とは逆向きの電気浸透流と呼ばれる流れが生ずるために、セル内部を1点ずつスキャンしてこれを補正する必要がありました。ESS法は、超音波の散乱振幅のみならず、「位相」を検出できる「超音波独自のメリット」があります。これにより、「沈降」と「泳動」という2つの運動から、泳動の情報だけをロックインして抽出することができます。また、位相を駆使して、一度の測定で試料中の位置情報が簡単に取り出せるため、前記した電気浸透流プロファイルを可視化できます。負に帯電したシリカはもちろん、酸性と塩基性で極性が反転するムライト粒子を例に、研究を行いました。その結果、微粒子の正負極性を含めた電気泳動移動度の定量的評価のみならず、電気浸透流による試料内部の極性(運動の向き)まで可視化できました。

    図3 ミクロンサイズの粒子や、しばしば発生する凝集体の場合、沈降の影響が問題となることが多いです。ESS法ではロックイン法という独自の手法で、沈降運動と泳動を識別し、泳動情報のみを取り出すことができます。