京都工芸繊維大学工芸科学部 生命物質科学域高分子機能工学部門 高分子物性工学研究室

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    Research

    高分子物性工学研究室について

    高分子物性工学研究室は、スタッフ1名(則末 智久教授)と学部学生、修士学生、博士学生の計10数名で構成され、高分子材料の物性を研究している京都工芸繊維大学材料化学系の研究室の1つです。この研究室は、2005年に宮田貴章教授(Prof. Qui Tran-Cong-Miyata)によって設立されました。元々は、2001年に宮田先生が教授になられたときに、則末(当時助教)が配置され、スタッフ2名で研究室を運営していました。宮田先生は(共焦点顕微鏡等による)光誘起相分離の研究、則末は(光散乱法による)感熱応答高分子ゲルや有機無機ハイブリッド電解質膜の研究を行っていました。宮田先生は2018年3月に定年退職されています。宮田研の助教・准教授として17年間活動してきた則末は2018年に教授になり、研究室を引き継ぎました。

    またこの間、現在のナノ材料化学研究室の中西英行教授がスタッフとして研究室活動に加わっておられました。中西教授は、当研究室の卒業生で、2012年に当研究室の助教に着任されたのち、約10年間研究室で金属ナノ粒子に関わる活動を続け、准教授を経て、2021年3月1日付けで教授に昇任されています。

    現在の高分子物性工学研究室の研究の特徴は、ポリマー微粒子の物性研究をおこなっていることに加えて、世界に先駆けて「微粒子の超音波解析法を開発」している点です。論文や特許で発表したように、多数の独自技術があります。則末が2004年にカナダのJohn Page先生の研究室に留学したことがきっかけでした。カナダで学んだ研究に加えて、京都工芸繊維大学で開発した数々の新規技術を活用して、学術研究と産学連携に取り組んでいます。

    研究概要

    ナノスケールもしくはミクロンスケールの微粒子は、インキ、化粧品、電気材料など、幅広く応用されています。我々の研究室では、平たく言えば、このような微粒子の微細な構造や物性を研究しています。一言で微粒子とは言っても、単純な球状粒子からマイクロカプセル、さらにはナノ粒子が集まった粒子集合体など、多彩な構造材料があります。我々の研究室では、ポリマー微粒子の研究を中心的に行なっていますが、特にその分析手段も他の研究機関にはない技術を使っています。高分子科学の発展には、新しい材料開発を行うだけでなく、既存手法では見えない情報を取り出す取り組みが必要です。当研究室の強みは、例えば、超音波に着目した分析手段があります。これは本学発で編み出された技術であり、これまで自ら装置やソフトウェアシステムを開発してきました。例えば、光が透過しないような材料でも、ナノ、サブミクロン、ミクロンの幅広い空間スケールを一望でき、かつ濃度の制限もありません。また、液体中に浮遊した粒子をそのままの状態で捉え、微細構造に加えて特定部位の硬さや柔らかさも定量的に評価する技術などを発明しました。この技術は世界オンリーワンであり、多くの民間企業と共同研究をとり行う理由の1つともなっています。

    光を使った技術についても少し触れておきたいと思います。我々の研究室の強みはオリジナルな超音波技術なのですが、市販の動的光散乱(DLS)法も活用しています。しかし、DLSの落とし穴として、「光が通ったとして、DLS装置が出してきたのが正しい情報なのか?」について勘違いも多いかもしれません。(1) 乳濁した試料に強いレーザービームを試料に透過させると測定は可能ですが、どこに注意が必要でしょうか?(2) 世界最先端の3D変調クロス相関DLS技術と使うと、(ある程度)濃度の高い試料でも正しい拡散係数が得られますが、粒径に変換できないことがあるのは何故でしょうか?そのお答えはこのページの末尾で述べたいと思います。このような最先端のDLSで解決しない場合には、動的超音波散乱(DSS)法を併用することをお勧めします。

    最近の研究発表論文

    詳細はこちらをご覧ください。

    これまで実現してきたこと(ナノ粒子の動的解析)

    「ナノ材料の動的解析に超音波なんて」、そんな常識を覆しました。

    液体中を運動する微粒子を測定する手法として、動的光散乱(DLS)法が知られています。光と比較すると、動的超音波散乱(DSS)法は波長が長くナノ粒子解析に不向きと思われがちです。超音波といえば、エコー診断であり、胎児の状態を経過観察するために使われています。センチメートルやミリメートルの技術ですよね。しかし我々は、「超音波は波長が長いのでナノ粒子解析は実現しない」、そんな常識をくつがえし、十数ナノメートルの微粒子の運動を超音波で検出することに成功しました。これがあって、微粒子の濃度を上げていき、着色を気にせず、ガラス化するほど高濃度の状態まで研究することができるようになりました。

    これまで実現してきたこと(相関関数法と位相イメージング法)

    散乱信号の相関をとるいわゆる時間相関関数法では、相関をとって時間平均した平均値が得られます。我々は超音波の位相に着目した新しい手法を考案し、瞬間で微粒子の運動や微粒子のサイズを求める全く新しい方法論を構築しました。このような位相を活用する方法は、従来の光散乱、X線散乱、中性子散乱法にはありません。これは世界初の技術であるどころか、この後に続く、沈降場のイメージング、粒径分布の直接解析法(逆ラプラス変換を使わない)、ゼータ電位測定への応用につながります。

    位相法を使うと相関関数法と互換性のあるデータが取れ、さらに運動情報(速度データ)は符号(粒子の運動の向きの情報)付きでリアルタイムで取得できます。これにより、「1つのセンサー」で沈降場のイメージングが行えるようになりました(通常は「アレイ」状にセンサーを数多く配列)。

    また超音波の位相検出の魅力を活用して、粒子サイズごとに個別に粒径分布を解析する技術を生み出しました。従来の光散乱法やX線散乱法では、さまざまな粒径の粒子の存在を仮定して、分布を仮定することで粒径分布を求めていました。当研究室の沈降ダイナミクス解析では、個々の粒子を直接解析するため、粒径分布を仮定なしに直接算出できます。

    さらにこの位相技術により、瞬間の速度をモニタリングできるため、(ゼータ電位測定のための)試料中に位置に依存した電気泳動速度の実時間解析も行えるようになりました。

    これまで実現してきたこと(粘弾性超音波散乱解析)

    超音波散乱の学問分野では、Epstein・Carhart・AllegraとHawleyによるいわゆるECAH理論が非常に有名です。単一散乱理論ですが、球状粒の超音波散乱を最も正確に再現してくれる理論の1つです。ところが、長い超音波散乱研究(超音波スペクトロスコピー法)の歴史の中で、エマルションでは液滴の粘性のみを、懸濁液では固体粒子の弾性のみが考慮されてきました。そのため、複素解析の複雑性もあり、これまでは粒子の弾性と粘性損失を同時に考慮した解析を行うことができませんでした。我々は新しい粘弾性ECAH解析法を考案し、ゴム・エラストマー粒子、耐衝撃性微粒子の解析を可能にしました。特に、液滴の乾燥や懸濁重合のモニタリングにおいては、最初は液体、途中で粘弾性領域を経由して、最終的に固体になります。当研究室では、気体・液体・固体問わず、有機ポリマー・無機粒子・金属粒子と素材を問わず解析できます。

    これから研究したいこと

    今後は、ジャミング転移するほどの超濃厚系において、粒子を集合体の平均値として扱うのではなく、粒子1つ1つを直視して、直接相関を解析する新しい世界を開拓したいです。また動的超音波散乱法は、さらに小粒径・大粒径、低濃度・高濃度と守備範囲を広げ、ナノからミクロンを一望できる横断技術として確立したいです。

    従来の力学では、我々が日常的に感じているマクロな変形は、ミクロな変形と同じである、いわゆるアフィン仮説の元に成り立っていました。固体のバルク高分子膜を100nm以下の薄膜になると基板や界面の影響を受けるように、ナノレベルの2D薄膜はバルク膜とは異なる力学物性を示します。これをさらにナノレベルの微粒子の拡張し、ミクロな力学の起源に迫りたいです。これは、力を伝搬する超音波だからこそできる研究かもしれません。

    粒子の構造デザインや機能化の研究も進み、「粒子が集まった粒子」など構造が高度に制御された構造体の研究が盛んに行われています。そういった、球では片付けることのできない、新しい構造体の散乱解析に取り組んでいます。

    超音波散乱の研究は、拡散・沈降ダイナミクスの研究、力学物性に着目した超音波スペクトロスコピーの研究に続いて、いよいよアクティブ法の研究に入っていきます。これは、これらの技術を融合して、特に濃厚系の定量的解析を行うのに役立てられます。濃厚系になると粒子の運動性が低下するため、仮に測定できたとしてもかなり遅い運動になります。動かない粒子の運動を測定するのは効率的ではないため、外部刺激に対する応答特性解析を研究しています。

    (追記)超音波を使った研究と光を使った研究

     動的光散乱(DLS)法は、液体中で粒子の運動(ブラウン運動する粒子の拡散係数)を測定して、粒子径(流体力学的半径)を評価する技術です。DLS法は光が透過する試料や多重散乱の影響がない希薄試料でしか測定できないと思われがちですが、低コヒーレンスDLS、拡散波分光(DWS)、共焦点DLS、3Dクロス相関DLSなど、世界の技術は飛躍的に進化しており、意外と測定は可能です。また、散乱の強さは粒子の濃度と大きさの両方で決まるため、粒子径dが小さければ(例えば d < 50 nm)、散乱のコントラスト(溶媒と粒子の屈折率差)が小さければ、試料はほぼ無色透明で通常のDLSで測定は容易です。数nmから数十nmの粒子の測定にはDLS法が適していますので、興味のある方はご相談ください。大きな粒子のMie散乱の計算も可能です。
     一方で、濃度が非常に高い懸濁液のDLS解析には大きく分けて2つのポイントがあります。

    1. 1つ目は、強いレーザービームを使って、試料に光が透過できたとして、得られる信号をどうやって緩和曲線(相関関数)や物性(拡散係数)に結びつけるかです。多重散乱する試料では、光が透過しても相関信号が速く緩和するために粒子径が小さく評価されてしまいます。また、異なる行路からの信号が重なり、別の信号が観測されることが誤評価の主な問題点です。これは、3D変調クロス相関DLS法で「ある程度」改善します。
    2. また、正しい拡散係数が評価できても、濃度の高い試料で大切な粒子間相互作用や粒子の配置制限の効果を取り入れる必要があります。具体的には、粒子配置の情報を与える構造因子S(q)を考慮しながら同時に流体力学的相互作用H(q)を計算します(専門的にはδγ展開などの手法がとられます)。ここが市販装置のソフトウェアには含まれていない大学研究機関でできる部分となります。ちなみに可視光の波長に近い大きな粒子(例えば100nm程度)になると「濃度の高い試料」のDLS解析は散乱角に対する複雑な振動を伴うので、後述するDSS法一択になると思います。

    別ページでは当研究室で実施している濃厚乳濁試料のための3D-変調クロス相関DLSの測定例を示しながら、現状の濃度の高い試料のDLS測定における課題を述べます。

     ここからは再び超音波のお話です。動的超音波散乱(DSS)法では、光と比べて波長が100倍ほど長いため、ナノ粒子もサブミクロン粒子もあまり散乱せず(悲しいポイント)、多重散乱が生じません(ラッキーなポイント)。ちなみに、仮に多重散乱が生じてしまっても、超音波の位相解析で多重散乱を分けられる点も強みです。このように我々は、光の問題点を「改善する視点」ではなく、この問題を、「全く別のアプローチ」で根本から回避してきました。しかし、著しく小さいナノ粒子の信号を超音波で正確に捉えることは精度上困難であるため、多くの人々が「ナノ粒子に超音波なんて」と思われていたかもしれません。この技術革新には3つのポイントがあります:

    1. 超音波散乱のコントラストは、粒子と溶媒の「圧縮率差」と「密度差」の両方です(ちなみに音響インピーダンスではない)。超音波の圧縮率コントラストや密度コントラストが、光の屈折率差より大きい(よく散乱してくれる)点は超音波を使う強みです。
    2. また、光の波長(周波数)はレーザーを交換すれば2倍程度の範囲で変えられますが、超音波は親指ぐらいのセンサーを交換することで周波数を容易に数桁変えることができます。よって周波数を高くすることで散乱信号が増強できます(レイリー散乱強度は周波数の4乗)。
    3. さらに1つのセンサーはブロードバンドセンサーと呼ばれ幅広い周波数(波長)帯をカバーします。DLSでは散乱角度を変えて異なる空間領域を測定しますが、DSS法では1つのセンサーで異なる空間構造の情報を一度に得ることができます。ここで、複数の波長の光が混ざっていると滲んでしまいますが(レーザーの登場でDLSが飛躍的に発展した理由)、我々が発明したFD-DSS(周波数ドメインDSS)法という技術では周波数ごとに分解して情報を引き出せます。

    以上、DSSの強みを述べてきましたが、DSS法には課題もあります。

    • まず、10nmより小さな粒子は明らかに波長の短いDLS法が有利です。
    • また、粒子に作用する超音波の影響も大きな検討課題です。

    今後も引き続き、より小さな粒子に適応可能で、粒子に作用する超音波の影響を考慮した新しい概念のDSS法の開発していきます。DSS解析だけでなく、DLSのご相談も受けておりますので、何かあればご連絡ください。